濱菊_瀬山

建物を設計しながら考えたことなど
「HANEGI G-House/山口誠」感想
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すこし前に、山口誠による木造住宅のリノベーション、HANEGI G-Houseを見学する機会をいただいたので、感想を書いておきたいと思う。

木造の住宅を改装するのって、独特の難しさがあると思う。特に、ここで改装の対象となっているような、いわゆる在来木造の建て売り住宅は、それ自体がある一定の論理のもとできっちり設計されているとは言い難い、いろいろな箇所が場当たり的に納められて出来ましたというような印象を与える、なんというか「不純な」建物なので、改装する際にはその不純さにつき合わなければならないからだ。

特に、これまでいくつかの山口氏の作品を見てきた印象からは、「在来木造の建て売り住宅」と「山口誠の建築」の相性がいいとはとても思えず…すなわち設計時に上記のような困難さに直面するであろうことが容易に予想できたので、その意味でも、どうなっているのか楽しみな作品だった。

例えば、このような建物を改装するときに、その場所がある一定の論理で組み立ててあるように見せるには「きれいに化粧」するのが一番手っ取り早いのかもしれない。あるいは既存部分と増築部分が完全に分離しているような表現にして、別のものに見せる方法もあると思う。というか失礼ながら、山口氏が在来木造のリノベーションをするのなら、このどちらかのアプローチしかないのではないかと勝手に想像していた。

しかし、HANEGI G-Houseはそのどちらのアプローチとも異なっていた。
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| オープンハウス | 19:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
「Yビル/中山英之」感想
Yビル

先日、中山英之によって設計されたYビルの内覧会に参加することが出来たので、ここに感想を書いておきたいと思う。

まず、90角という細さの角パイプで構成された鉄骨造の建物で、真壁のおさまりを採用している建物を初めて見た。これは、かなり冒険的なおさまりだと思われるが、建物の中で見学している時は、少しでも床面積を増やすためにこのような方法を採用しているのかと思っていた。(同様に、外壁にアスロックではなくラムダを使っている理由も、そこにあるのだろうかと考えていた。)しかし、建物から外に出て、ふりかえってファサードを見た瞬間に、そんなところには大きな理由はなかったんだということに気がついた。

そこには、この言い方で合っているかわからないんだけれども、とにかく異様に透明なファサードが出現していた。(透明という言葉は、なんというか、「近代的」な建築言語の語彙なので、あまり使いたくないのですが、とはいえ他にうまい形容詞を思いつきませんでしたので、暫定的に、この言葉を使っておきたいと思います。)この建物のファサードには、壁を薄くするということが、建物の質を変えてしまうということが、非常によく現れていると思う。また、壁の薄さの他、製作したサッシ、柱の細さ、3角形の平面の頂点部分に柱がないことなども関係し合っているだろう。
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| オープンハウス | 11:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
『少女と少年と大人のための漫画読本 2008-2009』


lilmagの野中モモさん編集による漫画推薦本、『少女と少年と大人のための漫画読本 2008-2009』が発売になりました。

日頃から足繁く通っている古本屋兼貸本屋の店長である中村さんからの紹介で原稿を書かせていただきました。昨年読んで面白かった漫画に関するアンケートに回答させていただいている他、図々しくも『賭博覇王伝 零/福本伸行』『万祝/望月峰太郎』『トリコ/島袋光年』それぞれの漫画についてのレビューを書いております。一般書店には並ばない本ですので、興味のある方はぜひ以下のリンク先からお求めください。

http://lilmag.org/?pid=13603515


プロのライターによる漫画レビューではなく、市井の漫画読みが思いの丈を告白するというような感触の本で、とにかくものすごい情報量です。この本の中で去年のベストを選んでいる者が書けることではないのですが、ここに載ってる半分以上の作品が未読かもしれない…。また、アンケート形式ではあるのですが、それをまとめてランキングにしないなど、世の中に出ているいわゆる漫画推薦ムックとは大分異なる作られ方になっています。信頼度の高い(漫画の)ブックガイドを探している人に是非お勧めであります。
| 告知 | 13:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
ミリメーターの結婚式



先日、友人であるミリメーターの二人の結婚披露パーティーに招いていただき、参加してきた。非常にすばらしいパーティーであったので、ここにメモを残しておくことにしたい。(5日にupしたエントリを7日付で微妙に修正しています。)

このパーティーは、代々木公園で行われた。結婚披露パーティーという、まあ、世の中ではどちらかというとフォーマルな物と考えられているであろうイベントが、代々木公園という会場の青空の下で行われるという、意表をついた…しかし、彼らのデザインを一度でも目にしたことのある者からすれば、実に「らしい」ともいえる形式のものであった。

参加者には、事前に「public wedding kit」と名付けられたピクニック用品一式が送付され、その中に、会場までの地図とシャンパン、ブーケ用の一輪(会場で皆が笠置氏へと手渡し、それを笠置氏が束ねてブーケにし、宮口さんへ手渡した)や米(ライスシャワー用)、ビニールシートの敷物(座席を作るため)、お菓子、てるてる坊主等がおさめられていた。

当日、会場では次のようなことが起こっていた。

・晴天の空の下、野原に大勢の来客がならぶことでバージンロードがつくられていた。
・乾杯の合図で一斉に栓が抜かれ、溢れ出したシャンパンが風に乗って飛沫となっていた。
・地面が杭によってマーキングされ、座席が指示されていた。
・その杭の周りに敷物を敷いて、酒と料理の入ったバスケットを囲むように座席が作られた。
・そんな風に作られた座席の間を、笠置氏の父上と母上が皆にお酒をついで回っていた。
・周りでキャッチボールをしている親子がいた。
・その親子の投げたボールがパーティーの輪の中に入ってきたりもした。
・集合写真を撮影するときに、どこかの子供が吹いたシャボン玉が漂っていた。
・ウエディングケーキが芝生を模した形をしていた。
・そのケーキにスコップで入刀が行われた。
・パーティーの参加者だけでなく、公園に遊びに来ていただけの人も周りから拍手を送っていた。
・また、海外からの観光客(だろうか。外人の親子連れや団体の方々)もみな足を止め、撮影したり拍手を送ったりしていた。
・とにかく、そこにある様々な要素がすべて一体となって、ひとつの質を持った「場所」をつくり出していた。


こんな風に、結婚披露パーティーという、ある種の形式性を要求する場所があまりにも自然にそこに現れているということが、ちょっとした驚きであり、また、感動的でもあった。(おそらく「会場が野原である」ということ以外は、きわめてまっとう、かつ形式的に披露宴が行われているということがここでは重要なのだろう。)
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| 建築計画 | 22:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
googleのことなど その2

更新が遅くてすいません…今年はせめて月に一度程度のペースで更新できればと思っていたのですが、すでに二月も半ば…。なかなか余裕がありませんが、今年もよろしくお願いします。


前回のエントリの続き。googleのことを考えていて、私が委員の末席に座らせていただいている「世界のすまいかたフォーラム」でアニリール・セルカン氏を招いて話を伺った時のことを思い出していた。

セルカン氏(略歴はここを参照して下さい)の話は、最新のテクノロジーを用いて建築の姿を更新することを主眼としているもので、その内容は宇宙エレベーターと呼ばれるインフラの話から、身の回りの設備機器を制御する情報技術についてまで多岐にわたっていた。いずれもある種のSF的想像力(実際話の中でターミネーターやブレードランナーといった映画のスチール写真が用いられ、それらの技術と関連づけて説明されていた)から話が組み立てられ、文字通りの「夢にあふれている」ものであったと言える。

特に、前回のエントリと関係があるように思われたのは次のような話である。要約するとこうだ。「家の中に設備機器の情報を管理する基盤を導入する。その基盤では、電気の使用量や水道の使用量等を「目に見える形で」表示させることができる。この基盤を導入することで、水や電気といったエネルギーについての消費にかんするロスを劇的に減らすことが可能だろう。」すなわち、一回トイレを使用したときにどれだけの量の水が使用されているか?ということに人はそれほど意識的になって生活していないが、これを目に見える形で表示させるシステムを導入することで、人は生活の中で自分がどれだけの量のエネルギーを消費しているかを知ることになる。すると、それだけで自ずとそれらについての消費量が減るだけでなく、たとえばひと月あたりの目標数値を設定して、その目標を守るように消費量をコントロールするというようなことも容易になるというわけなのだった。

これはいってみれば、家という単位でレコーディングダイエットをするようなものである。このダイエット方法も、エネルギーに関する情報を記録するだけで驚くほどダイエットの効果が上がってしまうということを実証するものだった。実際、住宅についてこの情報管理システムが運用されている様を考えると、かなり効果的にエネルギーのロスをセーブできるものに感じられ、これが例えば数百万軒規模の住宅で実施されたときに減らせる「無駄な出費」の量を考えるとそれほど悪くないようにも思えるのである。
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| 建築計画 | 17:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
googleのことなど その1

最近、Spanning Syncというソフトを導入したことで、google上のデータベースとローカルのコンピュータとのデータ同期が非常にスムーズにいくようになった。具体的には、macbookのアドレスブックに登録してあるデータ上の、任意のグループをgmailの連絡先と同期(双方向で一致)できるというものなのであるが、これにより、googleアカウントのデータベースを複数のコンピュータ上のローカルデータと一致させることができるようになる。つまり、事務所で共有のgoogleアカウントを作成しておけば、仕事関係者の連絡先リストを、事務所の者全員と共有できる。というよりも、いままで、事務所の者がそれぞれ勝手におのおののローカルなコンピュータ上で作成していた、仕事関係者のアドレスブックデータが、一瞬にして統合され、しかもその後ローカルな環境でデータを更新しても、それらが随時google上のデータベースに反映されていき、またローカルに落ちてくるようになるのである。これは、私たちのような者、すなわち「人数が多くない事務所で、データベースにアクセスできる権限を持つ者同士を顔見知りとして知っている」ような仕事環境下にいる者にとっては、大変便利なシステムであるように感じられる。同じ環境を、自前のサーバをたててプログラミングして…と最初から構築していくコストを考えればこのサービスを利用しない手はないだろう。

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| - | 00:26 | comments(2) | trackbacks(0) |
都営バスに乗りながら考えた事のメモ
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最近、都営バスに乗る機会が多かったのだが、その車窓の風景を眺めながら考えた事をメモしておきたい。ここ数ヶ月、渋谷駅の東口、54番のバス乗り場から出る「日赤医療センター行」のバスに乗る事が多かった。このバスの路線が、なかなか曲者であったのである。

といっても、道自体には特に変わったことがあるというわけではない。バスの路線は渋谷駅から日赤の医療センターに向かう際に、国学院大学を経由するため、渋谷と恵比寿の間にある住宅街の路地を通り抜けるという、それだけのもので、その道にはとりたてておかしなところがあるわけではない、普通の道なのだ。しかし、この道を「バスが通り抜ける」ことになったときに、その様子は大きく変わってくる。そこには、運送業者のトラックや、工事現場の施工用車両が路上に駐車されている。また、電柱、ガードレール、歩行者といったものが、バス同士がすれ違うことが出来ない幅の道の中にはみだして乱立している。その他、急坂からの坂道発進、幹線道路内での3車線変更など、バスの運行をシミュレーションした際に考えられる、あらゆる嫌な要素のオンパレードなのである。これら嫌な要素で満たされた細い道の中を、バスはギアチェンジを繰り返しながら、のろのろと目的地に向かってゆくのである。

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| 建築計画 | 21:38 | comments(2) | trackbacks(0) |
メルクリのスケッチについて。「建築がうまれるとき」感想 その2

メルクリのスケッチについて。ペーターメルクリによって描かれたスケッチ群は、自分たちが知っている、いわゆる「建築のスケッチ」とは、どこか異なった印象を与えるだろう。そこで描かれているスケッチを「建築のスケッチ」だと思って観ようとすると、なんというか、わりと観づらく感じるように思う。私は、展覧会場でメルクリのスケッチを見ながら、最初はそのスケッチをどのように観たら良いのかがよくわからず、違和感をかかえながら観ることになったのだが、そのうち、その違和感は、それらのドローイングが、建築物を「説明しようとしていない」からなのではないかということに、思い至った。(そして、一旦このように気づくと今度は、そこで描かれているスケッチが非常に豊かで可能性のあるものにも見えてくるのである。)

「建築のスケッチ」というと、私たちはなにか、そのスケッチの向こう側に「実際の建築物」があって、スケッチはその建築物について描かれたなにかであると、考えてしまいがちだ。この時、そのスケッチは、実際の建築物の「見取り図」あるいは「説明図」として描かれることになるし、なにより、そのような役割を期待されてもいるだろう。これは、完成した建物についてのみ言えることというわけでもなく、例えば、私たちが設計の過程においてスケッチを描く時、その姿を確認するかのように描くことは多い。これは、その先に実際に建つであろう建物の姿があり、スタディの過程でその姿を検討するために描かれるものであるわけであるから、当然のことでもあるだろうが、建物はこれから建てられるにも関わらず、スケッチがその建物を「説明する」かのように描かれてしまうのである。またこれは、実際には建たなかった建物のスケッチや、あるいは最初から建たないことを想定したプロジェクト(例えばアーキグラムよるスケッチなど)であっても同様だろう。そこでは、建物がスケッチに先行する形で想定されており、スケッチはその建物の説明書として現れる。

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| 展覧会の感想 | 14:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
「建築がうまれるとき」感想

東京国立近代美術館で行われていた「建築がうまれるとき/ペーター・メルクリと青木淳」の感想。

展示内容・方法とも非常に面白く(というか、内容と方法がわかちがたく結びついている展覧会だったので、このような書き方は本当をいえば適切でないのだが)、そのタイトルが示す通り、「建築がうまれる」その有様が、むき出しになってそこに露出しているという印象を受けた。


西澤徹夫によって設計された会場構成は、各所で雲形定規のような形をした展示台が天井から吊るされ、その上に小さな建物のスタディ模型が載せられているというものだった。会場はワンルームなので、会場に足を踏み入れた瞬間にこの展示の全貌を見渡すことができるが、この時点では展示台相互の間に作られたヒエラルキーははっきりしていない。

しかし、鑑賞を始めると、展示台に載せられた模型は時系列にそって並べられ、そのことがわかるように簡単な番号が展示台ごとに割り振られていることに気がつく。鑑賞者は、それらの模型をならべられている順に追いかけながら鑑賞することになるのだが、その過程で、「雲形定規」の間を振り返ったり、移動したりしながら、ひたすら行きつ戻りつさせられることになるのだった。また、この「雲形定規」はきわめて軽い材料(9mm程度のシナベニヤで40mm程度の発泡スチロールをサンドイッチしており、断面が露出している。またそれであるが故に極細のワイヤーで吊られるだけでも展示台として成立していた。)で作られており、ちょっとしたことで、ゆらゆらと揺れるのだった。1300mm程度の高さに設定された展示台は、通常の展覧会であれば、結構な高さに感じられるだろう。しかし、この展示においては、文字通りスポッと「雲の上」に顔を出した鑑賞者が、その間をうろうろさまよいながら鑑賞するという風景をつくり出しており、なによりその様子が面白いのである。また、この展示が最終的にどこへたどり着くのかわからないように設計されていることも重要だろう。鑑賞者は、模型の間をうろつきながら、最終的には思いがけない場所にたどり着くことになる。
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| 展覧会の感想 | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
「風景の解像力展」感想その2

前回に引き続き、「風景の解像力」展の感想。
乾久美子による展示を眺めながら考えたこと。おそらくこの作家は、『建築についての展示を行う事が「実際の建築物とは全く異なる形式性を持った一つの作品」をつくりだすという事に他ならない』という事に非常に意識的な人なのだろう。

乾による展示は、「図面、写真と模型をテーブルの上に並べている」という作られ方において、いわゆる建築の展覧会によくあるものに見えなくもない。しかし、注意深く作品を見てみると、事態はそう単純ではない事に気がつく。そこに展示されている図面は、テーブルの表面をスキャンニング(?)した紙の上に、白抜きで印刷されており、また写真は、例えばいわゆる「建物の内観写真」について、そこからサッシなどを切り抜き、風景のみをフレーミングして、直接テーブルの上に貼付けられていた。なぜ、このように複雑な方法がとられていたのか。

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| 展覧会の感想 | 16:54 | comments(0) | trackbacks(0) |