濱菊_瀬山

建物を設計しながら考えたことなど
メルクリのスケッチについて。「建築がうまれるとき」感想 その2

メルクリのスケッチについて。ペーターメルクリによって描かれたスケッチ群は、自分たちが知っている、いわゆる「建築のスケッチ」とは、どこか異なった印象を与えるだろう。そこで描かれているスケッチを「建築のスケッチ」だと思って観ようとすると、なんというか、わりと観づらく感じるように思う。私は、展覧会場でメルクリのスケッチを見ながら、最初はそのスケッチをどのように観たら良いのかがよくわからず、違和感をかかえながら観ることになったのだが、そのうち、その違和感は、それらのドローイングが、建築物を「説明しようとしていない」からなのではないかということに、思い至った。(そして、一旦このように気づくと今度は、そこで描かれているスケッチが非常に豊かで可能性のあるものにも見えてくるのである。)

「建築のスケッチ」というと、私たちはなにか、そのスケッチの向こう側に「実際の建築物」があって、スケッチはその建築物について描かれたなにかであると、考えてしまいがちだ。この時、そのスケッチは、実際の建築物の「見取り図」あるいは「説明図」として描かれることになるし、なにより、そのような役割を期待されてもいるだろう。これは、完成した建物についてのみ言えることというわけでもなく、例えば、私たちが設計の過程においてスケッチを描く時、その姿を確認するかのように描くことは多い。これは、その先に実際に建つであろう建物の姿があり、スタディの過程でその姿を検討するために描かれるものであるわけであるから、当然のことでもあるだろうが、建物はこれから建てられるにも関わらず、スケッチがその建物を「説明する」かのように描かれてしまうのである。またこれは、実際には建たなかった建物のスケッチや、あるいは最初から建たないことを想定したプロジェクト(例えばアーキグラムよるスケッチなど)であっても同様だろう。そこでは、建物がスケッチに先行する形で想定されており、スケッチはその建物の説明書として現れる。

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| 展覧会の感想 | 14:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
「建築がうまれるとき」感想

東京国立近代美術館で行われていた「建築がうまれるとき/ペーター・メルクリと青木淳」の感想。

展示内容・方法とも非常に面白く(というか、内容と方法がわかちがたく結びついている展覧会だったので、このような書き方は本当をいえば適切でないのだが)、そのタイトルが示す通り、「建築がうまれる」その有様が、むき出しになってそこに露出しているという印象を受けた。


西澤徹夫によって設計された会場構成は、各所で雲形定規のような形をした展示台が天井から吊るされ、その上に小さな建物のスタディ模型が載せられているというものだった。会場はワンルームなので、会場に足を踏み入れた瞬間にこの展示の全貌を見渡すことができるが、この時点では展示台相互の間に作られたヒエラルキーははっきりしていない。

しかし、鑑賞を始めると、展示台に載せられた模型は時系列にそって並べられ、そのことがわかるように簡単な番号が展示台ごとに割り振られていることに気がつく。鑑賞者は、それらの模型をならべられている順に追いかけながら鑑賞することになるのだが、その過程で、「雲形定規」の間を振り返ったり、移動したりしながら、ひたすら行きつ戻りつさせられることになるのだった。また、この「雲形定規」はきわめて軽い材料(9mm程度のシナベニヤで40mm程度の発泡スチロールをサンドイッチしており、断面が露出している。またそれであるが故に極細のワイヤーで吊られるだけでも展示台として成立していた。)で作られており、ちょっとしたことで、ゆらゆらと揺れるのだった。1300mm程度の高さに設定された展示台は、通常の展覧会であれば、結構な高さに感じられるだろう。しかし、この展示においては、文字通りスポッと「雲の上」に顔を出した鑑賞者が、その間をうろうろさまよいながら鑑賞するという風景をつくり出しており、なによりその様子が面白いのである。また、この展示が最終的にどこへたどり着くのかわからないように設計されていることも重要だろう。鑑賞者は、模型の間をうろつきながら、最終的には思いがけない場所にたどり着くことになる。
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| 展覧会の感想 | 20:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
「風景の解像力展」感想その2

前回に引き続き、「風景の解像力」展の感想。
乾久美子による展示を眺めながら考えたこと。おそらくこの作家は、『建築についての展示を行う事が「実際の建築物とは全く異なる形式性を持った一つの作品」をつくりだすという事に他ならない』という事に非常に意識的な人なのだろう。

乾による展示は、「図面、写真と模型をテーブルの上に並べている」という作られ方において、いわゆる建築の展覧会によくあるものに見えなくもない。しかし、注意深く作品を見てみると、事態はそう単純ではない事に気がつく。そこに展示されている図面は、テーブルの表面をスキャンニング(?)した紙の上に、白抜きで印刷されており、また写真は、例えばいわゆる「建物の内観写真」について、そこからサッシなどを切り抜き、風景のみをフレーミングして、直接テーブルの上に貼付けられていた。なぜ、このように複雑な方法がとられていたのか。

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| 展覧会の感想 | 16:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
「風景の解像力展」感想 その1

少し前の事になるが、inax銀座で開かれていた「風景の解像力展」に行ってきた。そのなかでも特に印象に残った作品について感想を書いておきたいと思う。


この展覧会は、ja70号との連動企画ということであり、また同時に開催される若手建築家によるシンポジウムに合わせて行われたものであるので、いわばそのシンポジウムのための解説用展示といった意味合いが強かったように見受けられた(実際、展示はギャラリーではなく特設スペースで行われており、その告知も、独立した展覧会としてはなされていなかった)。私はそのシンポジウム自体は観覧することが出来なかったのだが、いくつかの作品は単にシンポジウムの添え物という枠を超えて充分に面白いものであった。

特に目を引いたのが、中山英之による展示である。展示物は、この建築家自身によって設計されたキャンバスが壁に立てかけられ、そこにドローイングか描かれているというものである。この単純きわまりない展示「方法」に、端的に中山による建築の作法が十二分に発揮されているように思えた。
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| 展覧会の感想 | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) |