濱菊_瀬山

建物を設計しながら考えたことなど
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集合住宅見学会
7月7日、千葉大大学院「先端建築デザイン技術論ゼミ」小畑先生の集合住宅見学会に同行させていただく機会をいただいた。湾岸近郊のさまざまな規模の団地を見学するというもの。

見学会には、午前の部の途中から同行させていただく形となり、以下の場所を見ることが出来た。
・砂町銀座商店街 竣工1970頃 リンク
・木場三好団地 竣工1982 
・都営辰巳団地 竣工1970頃 リンク 
・シティコート東雲 竣工2000 リンク
・ラベール東陽町 竣工2003 
・アミティ大森 竣工1995 リンク
・品川八潮団地 竣工1980頃 リンク

以上の数の集合住宅を、移動時間も含めて半日で回ったので、かなり駆け足の見学会だと言える。しかし、一つ一つの場所をじっくりと見るのではなく、短時間のうちに様々なバリエーションに富んだ場所を網羅的に見てゆくという経験は、各々の集合住宅が持つ形式性から、そこに現れている空間の質的な違いまでを、実感としてつかむことを容易にし、実際、各集合住宅の違いは際立って感じられたように思う。飛び入り参加の私たちにとっても非常に有意義な見学会だった。以下、いくつかのものについて個別に感想等。
辰巳団地
■都営辰巳団地
そのどでかさに驚く。といっても、これは後述する東雲のメガストラクチャー的で量塊的などでかさとは異なり、もっと茫漠としたどでかさ、いってみれば「どこまでも水平に広がっていく」といった趣のどでかさ(巨大というより、広大といった感じ)と言える。住環境の標準的な水準を向上するという理念が、この広大さがもたらす、大量に反復される同じ間取りの住居群という形と大きく結びついていたということなのだろう。竣工から30年以上経ち、敷地内のそこここでさまざまなアイテムがイイ雰囲気をかもしだし、文字通りの「東京番外地@安野モヨコ」がそこにあるという感じ。5階建てという、比較的こぢんまりとした大きさの建物が、広い隣棟間隔をそろえて立ち並ぶ風景はなかなかいい。しかし、この「良さ」はどこから来るのだろうか?それは、次の東雲と比較することでおぼろげながら見えてくるかもしれない。


■シティコート東雲
これも想像以上に巨大な集合住宅群だった。現在完成している、中庭を囲む一群の集合住宅だけで約2000世帯が入れるというのだから驚きである。しかし、空間の質は「巨大」というより「窮屈」な印象をあたえる。なかなかコメントしづらい建物であるのだが、これが2000年に竣工した都市公団のプロジェクトであること、すなわち、60年代以降さんざん建築計画とかコミュニティ研究だとかをくり返したあげくの果てに行き着いたのが、この巨大な空間であるのかと思うとなかなか笑え(る?ない?)ものがある。というのも、ここからはいわゆる資本の論理(すなわち「商品」としての住宅ということ)以上の一貫した論理なり、美学なりを見つけ出すのが非常に困難であったからだ。隣接する街区のこれまた超巨大なイオンが悲しいほど似合ってしまう空間である。(とはいえ、この集合住宅は、それなら同じ条件のとき自分ならどう設計するだろう?という問いを招き寄せずにはおれないし、それに対してはさしたる答えが見つからないというのもまた事実である。)

■アミティ大森
補強コンクリートブロック造(以下RM造)の集合住宅であるため、なにより外観が目を引く。コンクリートブロックの単位ごとにきれいに入った目地が、いわゆるテクスチャーマッピングのような効果を発揮し、考え抜かれたディティールと相まって、独自の空間性を獲得しているように感じられる。なんというか、いわゆる「家」のディティール、例えばカサギや雨樋、サイディングの目地、等に代表される「家的」な建物ではなく、文字通りソセキ造の、石を積み上げて作りましたという手順がダイレクトに建物に反映されている分、プリミティブな物に見えた。また、既存の道路を残さざるをえなかったという条件が、建物の配置に影響を及ぼしており、街区の一部がそのまま集合住宅の空地として取り込まれるというような形になった結果、そこだけ、奇妙に静かな街区が出現している。かなり説得力のある場所になっているように感じられた。

ちなみにRM造というのは、ひとつひとつが、自律した単位のパーツで出来ているが故に、なんとなく施工も(それこそレゴブロックのように)オートマチックに進むのではないかと思われがちだが、実はそんなことはないのだろう。様々な箇所がいわゆる「例外」として扱われ、役物のパーツ等の扱いも含めて現場管理は相当大変だったのではなかろうか。かなり興味深い構法であることは間違いないが、いわゆるローコスト化やユニット化、施工の簡便化と結び付けて語ることは、じつは少しずれているのかもしれない。むしろ、意匠の側面からアプローチする方がこの構法をポジティブに展開できるのではないだろうか。

■品川八潮団地
ここは巨大さと広大さの両方を兼ね備えた空間だった。全貌をつかむということが、まったく意味をなさないように感じられる。小学校が3校内包されているという話で、ということは、近隣住区にして3単位分の街区がまるごと入っていることになる。辰巳団地を漫画で例えたのでそれにならって言うと、さしずめここは「リバーズ・エッジ@岡崎京子」といったところだろうか。(というか、リバーズエッジの風景は、こういった集合住宅の風景であれば、たいていどこにでも似ているのかもしれないが。)こういった空間にはある種の「居心地の良さ」と「居心地の悪さ」が同居しているように感じられる。この感覚と関連して「匿名でいられる」ということがキーワードになるかもしれない。こういった場所を積極的にカスタマイズしてゆく方法論を見つけたい。残念だったのは、共用のショッピングセンターがあまりにも場末感を漂わせていたことである。おそらく、こういった施設の整備(コンサルティング等も含めて)をするだけで、団地の質が大きく変わってゆくのではないだろうか。近隣のどでかいイオンに人をうばわれて、空間の質まで寂れていくというのはいかにも悲しい話である。
| 建築計画 | 19:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
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