濱菊_瀬山

建物を設計しながら考えたことなど
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都営バスに乗りながら考えた事のメモ
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最近、都営バスに乗る機会が多かったのだが、その車窓の風景を眺めながら考えた事をメモしておきたい。ここ数ヶ月、渋谷駅の東口、54番のバス乗り場から出る「日赤医療センター行」のバスに乗る事が多かった。このバスの路線が、なかなか曲者であったのである。

といっても、道自体には特に変わったことがあるというわけではない。バスの路線は渋谷駅から日赤の医療センターに向かう際に、国学院大学を経由するため、渋谷と恵比寿の間にある住宅街の路地を通り抜けるという、それだけのもので、その道にはとりたてておかしなところがあるわけではない、普通の道なのだ。しかし、この道を「バスが通り抜ける」ことになったときに、その様子は大きく変わってくる。そこには、運送業者のトラックや、工事現場の施工用車両が路上に駐車されている。また、電柱、ガードレール、歩行者といったものが、バス同士がすれ違うことが出来ない幅の道の中にはみだして乱立している。その他、急坂からの坂道発進、幹線道路内での3車線変更など、バスの運行をシミュレーションした際に考えられる、あらゆる嫌な要素のオンパレードなのである。これら嫌な要素で満たされた細い道の中を、バスはギアチェンジを繰り返しながら、のろのろと目的地に向かってゆくのである。


乗りだした当初は、このなんとももどかしい道を走行するバスに乗る事が単に苦痛でしかなく、文字通りのストレスフルな体験でしかなかったのだが、しかし、幾度も乗っているうちに、その運行形態に、なんというか、独特のおもしろさがあることに気がついた。例えば、住宅街の中にある信号がないT字路の手前で、他に何も障害物がないのにバスがスッと停車する時がある。なんで?と思うと、その路地の左手から対向車線のバスが現れて曲がってきてすれ違う(このとき、運転手はカーブミラーを見ている)。あるいは、歩道にはみ出したガードレールが一部切れている場所があって、そこがバス同士がすれ違う際に重要な待機場所となっていたり、意外なものがバスの運行に関する手がかりとなっていたりもする。とにかく本数が多く、ひきりなしにバスが走っている路線だけに、往路と復路のバスのすれ違いが重要な要素となってその運行形態を支配しているのだが、その際に、路上にあるあらゆるものが関係し合って、バスの運行という現象と不可分な、一つの環境を形成しているのである。単に、バスの運行をするという観点に立つと、それはひどくぎくしゃくとして、スムーズにいっていないものに見える。しかし、そのバスが通り抜ける路線までを含めた一つの環境という観点に立つと、今度はそこで起こっている事が、ひどく複雑な要素同士が有機的に絡まり合いつつ成立している、なにか完成度の高いシステムに見えてくるのであった。(また、そのあり様があまりにも面白いものに見えてきたので、バスに乗る時は必ず入口のすぐ脇の座席に座り、意識的にこの環境を観察するようになった。とはいえこれは、なにもこの路線に限った事ではなく、日常的にいろいろな局面で成立している、ごく一般的な事柄に過ぎないような気もする。)


都市(建築)計画的に言えば、この(バスがスムーズに走行していない)状態は「上手くいっていない」ということになるのだろうか?しかし、例えば駅から病院までの道について、その幅員を拡幅し見通しの良いものへと整備することは、かならずしも「良い」結果を招くものではないということは、いわゆる近代的な計画学の実践としてつくられた様々な事例が文字通り実証していると思われる。そこでは、単に道の形態やそれによってもたらされる車の通行量といった、いわゆる性能的な事柄以上に、なにかが、決定的に異なる質のものへと変わってしまっている。渋谷と恵比寿の間にある住宅街の路地を通り抜けるバスの風景は、図らずもこのことを再確認させるだろう。
| 建築計画 | 21:38 | comments(2) | trackbacks(0) |
コメント
電車嫌いだったので芝浦から新宿までの通学路に時々都営バスを使ってました。山手線なら30分で行くところを1時間以上かかってましたけど。大江戸線ができて、その路線は廃止になってしまいました。
なんでバスが好きかというと、瀬山さんの言うところの「嫌な要素のオンパレード」が好きなのかもしれないなとコラムを読ませてもらいながら思いました。人が集まれば一つの理論で全てをまかないきれるはずがない混沌とした実社会を、徹夜明けの早朝だったり真昼間でラッシュを逃れた時間ののんびりとした空気に包まれた都営バスから垣間見てホッコリしていたように思います。
それと、各地域の大きな開発地をつなぐ電車に対して小さなコミュニティ同士を繋ぐというのも、私にとってはバスの魅力のひとつです。
今、大阪の市営バスは危機に瀕していて路線が少なくなったり赤バスと呼ばれる一般の路線バスより小さく地域コミュニティの中だけを走行するバスも一部廃止されてしまいました。大阪は平地が多くマチも小さいので自転車での移動がとても有効なのですが、それも現時点では行政から否定的なモノとみなされています。バスも廃止、自転車もなるべく乗らないでください、縮小するけど公共の乗り物を利用しましょう、自家用車も控えましょうって、町としての機能を確保していこうとする上で混乱が生じているように思われます。
思ってるだけではもったいないので、少しずつ動いてみている今日この頃でございます…。
| ari | 2008/11/05 5:42 PM |
どうもこんばんは。交通機関って露骨にスケールと結びつくところが面白いのかもしれませんね。そこが、建築と関係を持つ部分というか。バスがつくり出しているスケールって結構微妙で良いんですよね。本郷あたりで昼間バスに乗ると、おじいさんとおばあさんばっかで驚いたり。
| 瀬山 | 2008/12/25 12:43 AM |
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