濱菊_瀬山

建物を設計しながら考えたことなど
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googleのことなど その1

最近、Spanning Syncというソフトを導入したことで、google上のデータベースとローカルのコンピュータとのデータ同期が非常にスムーズにいくようになった。具体的には、macbookのアドレスブックに登録してあるデータ上の、任意のグループをgmailの連絡先と同期(双方向で一致)できるというものなのであるが、これにより、googleアカウントのデータベースを複数のコンピュータ上のローカルデータと一致させることができるようになる。つまり、事務所で共有のgoogleアカウントを作成しておけば、仕事関係者の連絡先リストを、事務所の者全員と共有できる。というよりも、いままで、事務所の者がそれぞれ勝手におのおののローカルなコンピュータ上で作成していた、仕事関係者のアドレスブックデータが、一瞬にして統合され、しかもその後ローカルな環境でデータを更新しても、それらが随時google上のデータベースに反映されていき、またローカルに落ちてくるようになるのである。これは、私たちのような者、すなわち「人数が多くない事務所で、データベースにアクセスできる権限を持つ者同士を顔見知りとして知っている」ような仕事環境下にいる者にとっては、大変便利なシステムであるように感じられる。同じ環境を、自前のサーバをたててプログラミングして…と最初から構築していくコストを考えればこのサービスを利用しない手はないだろう。


しかし一方で、仕事環境がますますもって「google頼み」になってきていることに対する不安もなくはない。web検索、mapの利用、gmailは言うに及ばず、カレンダーの共有による予定の管理に加えて、アドレスブックによる連絡先の管理までここに加わることになったわけで、これが、例えば明日いきなりインターネットに接続できない環境になったり、あるいはgoogleに接続できなくなったりした事を考えると笑えないものがあると言えよう。また、こういった「物理的」な不安とは別に、また別種の(そして、より深刻だと思われる)不安もある。それは言ってみれば、どこか自分たちの与り知らぬ場所に「私に関するデータベースが日々構築されている」という不安である。私の予定や行動が逐一記録された予定表や知人たちの住所録、やり取りしたメールの記録などが、最終的には私の自由にならない場所に、いつのまにかつくられているということ。これが一体どういった事態なのか、私もよくわかっていないのであるが、少なくとも、あまり歓迎できない事態であるような気はする。


このシステムがもっと単刀直入に「権力」と結びつくようなイメージを帯びていれば、事態はまた違ったのだろうか。例えば、私に関するデータベースを第三者が大規模に管理するような事例として、住民基本台帳ネットワークシステムによる管理方式があるが、これは、わかりやすく国家が国民を管理するようなイメージを連想させる事で、しばしば批判の対象となってきた。そのシステムは、実際の運用方法はともかく、それの導入によりもたらされる世界観が、国家により統制された管理しやすい国民の姿を連想させるために、ネガティブなイメージを帯びるだろう。このようなイメージの正誤はここでは問わないが、googleの提供するサービスはこのようなイメージとは大きく異なるものであろう。そこでは、そのデータベースを利用するものは、より「自由で快適」な生活を送るための支援ツールとして、そのシステムをイメージしているのである。このイメージが、住民基本台帳的な、国家権力によって実施される、いわば「上から」のものとは大きく異なっている事は重要だ。すなわち、そのシステムを利用するものは、自分の生活をより便利で快適な(あるいはそう感じられる)ものにするために、自発的に情報を提供するのである。こうして、その利用者は、自ら進んでデータベースの囚人になってゆくわけだ。だから、この点においてgoogleの提供するサービスは、住民基本台帳よりも、より「たちが悪い」ものであると言えなくもない。また、googleのデータベースは、(少なくとも現在のところは)誰かがそれを使ってその利用者を管理しようとしていないという事において、住民基本台帳とは根本的に異なっているが、しかし、データベースの規模としてはすでにそれに匹敵するくらいの規模を持っているのではないかと思われる。


これは、単純に良いとか悪いとかいう話ではないのだろう。ただおそらく「権力」という言葉から連想されるイメージが、現実に作動している、私たちの生活を支配しているテクノロジーの持っている質を言い当てる言葉とどこかずれているということは事実だと思われる。このずれに違和感を感じずにおれないのであった。とはいえ、私の仕事環境はgoogleが提供するサービスの導入によって快適になったように感じられ、また効率があがったようにも感じられているし、その意味において抗いがたい魅力をもっているのである。ちなみに、これと同じようなことを最近また別のきっかけで考える機会があったので、次のエントリーでそのことについて書いておこうと思う。


Spanning Syncの使い方について追記
ちなみに、自分のコンピュータ上にはアドレスを残しておきたいが、共有アドレスからは削除したい場合、同期するグループから取り除くだけでは、データは削除されません。その場合、まずローカルのコンピュータ上で「グループから取り除き」その上で「ブラウザからgmailにログインし、その中の連絡先リストから直接削除」する必要があります。
| - | 00:26 | comments(2) | trackbacks(0) |
コメント
ここでは初めまして。ちょくちょく読んでます。上の文中にも君自身が書いている通り、要するにこれが、Rem Koolhaas がかつて描いたところの「建築の自発的囚人」というやつなワケですよ。
| 011 | 2008/12/31 1:35 AM |
011さんこんにちは。そういえばそのとおりですね。言われてみればこれがまさしく建築の自発的囚人ってやつですわ。Rem Koolhaasのgoogleについての見解を聞いてみたいところです。
| 瀬山 | 2009/02/23 1:32 PM |
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